宮澤賢治の音楽作品について
及川 茂

 私達は宮澤賢治という名を耳にすると、まず童話作家としてのイメージを思い浮かべます。岩手県を理想郷「イーハトーヴ」と名付けこよなく愛し、様々な場所を題材に多くの童話や文語詩を創作しました。一方、詩人としても同郷の先輩「石川啄木」に憧れ、作品集『春と修羅』等優れた作品を数多く残しました。初めのうちは宗教家としての道を模索した時期もありましたが、やがては自らも農民と化すことを望み、晩年は凶作に悩む地元の農民のために精力的に地質学に基づいた地質改革の指導をし、その疲労もたたって37歳という短い生涯を終えました。その生涯は知れば知るほど実直で情熱的で、現在の私達の画一的な生き方に比べ何と魅力溢れる生涯かと感銘を受けます。

 賢治の童話作品は後世の作家にも大きな影響を与えています。例えば、松本零士の『銀河鉄道999』は『銀河鉄道の夜』がベースになってますし、宮崎駿の『となりのトトロ』は『どんぐりと山猫』にヒントを得て作られました。

 賢治の作品には、イーハトーヴ地方の実に様々な場所が舞台として登場します。私の生まれ故郷である江刺の登場回数はかなり多く、種山や五輪峠、人首(ひとかべ)町、剣舞(けんばい)や鹿踊り(ししおどり)等を題材にした童話や詩、戯曲を沢山書いています。『風の又三郎』もそんな中の一つです。

 賢治は童話作家、詩人、地質学者、教師として一般に知られていますが、音楽や絵画にも特別な興味を示していました。絵画は実に独創的な水彩画を数点残しています。音楽についてはクラシック音楽や当時流行していた浅草オペラを好んでいたといわれ、『飢餓陣営』には浅草オペラの影響が色濃く出ています。クラシック音楽愛好家としての賢治はレコード収集に現れています。その数は数十枚と、当時としてはかなりの数でした。花巻一のレコード収集家として知られていたそうです。羅須地人協会で賢治は生徒や知人を集め度々レコード鑑賞会を催したと言われています。そのような中でドヴォルザークの『新世界交響曲』やウェーバーの歌劇『オべロン』、グノーの歌劇『ファウスト』等を知ったのでしょう。これらの音楽のなかで気に入った旋律に歌詞をつけたのが、『種山ヶ原』であり、『火の島の歌』であり、『角礫行進歌』でした。童話『セロ弾きのゴーシュ』で町の音楽会のために練習をしていた『第六交響曲』とはベートーヴェンの交響曲第6番『田園』であったとされ、賢治が最も気に入っていた音楽だったということです。

 賢治は自身で概ね9曲の作曲をしています。また、賢治は前述のようにお気に入りの既製の音楽に歌詞を付けて楽しみました。そのような曲が12曲ほど残されています。(『風の又三郎』のみ日活の映画音楽からのものなので賢治の関連音楽との判断を致します。)若い頃はベートーヴェンやドヴォルザークなどのクラシック音楽に傾倒し、晩年は地元の音楽に目覚めて作曲をしました。賢治の音楽作品に西洋的なものと日本の土俗的な(イーハトーヴ的な)ものを感じるのはそのためだと思われます。賢治の音楽作品は総て歌詞が付けられており、歌曲として作られていますが旋律自体がとても美しいので、しばしば器楽のみでの演奏もされます。


 当企画のリコーダー合奏編曲は“及川 茂”が担当致しました。賢治と同じイーハトーヴ出身であり、その血が感じる音楽的感性を元にパロディーやユーモアを取り入れた編曲を致しました。賢治の音楽世界のロマンチックな部分や楽しい部分、そして感性の豊かさを感じて戴ければ幸いに思います。なお、今回の編曲に際し筑摩書房発行の佐藤泰平氏による著書『宮沢賢治の音楽』と『宮沢賢治全集』を参考にさせて頂きました。また、宮沢賢治記念館のご理解とご協力も戴きました、この場をお借りして関係諸氏に御礼申し上げます。


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